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春望 四月一一日 「種の拡散」

早朝に今日も目を覚ます。水道の蛇口を捻り一杯の水から一日が始まる。

昨日は新しい仕込み方で、より食べた後に何も残らない水に近いパンを目指して、想像して仕込んだ生地を見に厨房に向かう。

予想通り発酵はゆっくりでまだまだ時間はかかりそうだ。

成熟し切っていない種で仕込むとこのように大幅に違う結果を生む。なんとなく予想はついているのだけれども実際にやってみる。そこで失敗することで、初めて自らの経験になる。なぜならそこには労力、資本、時間、という一度使うと帰ってはこないものが付随するからだ。

こうして昨日は見事に大失敗をした。

もう二度と同じことはしたくないと心から思う。この経験が何より大切だ。

失敗は誰だってしたくはないけれど、成功の先に本質は見えてこない。

今日の失敗はおそらく種の拡散がうまくいかなかったことに端を発している。

未熟な種で酸味をコントロールしようとした結果逆に発酵に時間がかかり菌がグルテンを破壊し切ってしまった。

そんなパンは色付きも悪く、火抜けも良くない、重たくて酸の強いものになる。

種はバイバイゲームで拡散するうまく成熟した種は発酵もスムーズに進む。

自分たちが生きる世界の縮図がまさに細菌の世界だ。

自分が今、パンの気泡から世界をのぞいていることに意味があるのかもしれない。

自然も人間もうまく共存して良い発酵を醸せば良いだけなんだ。

良い種が増えればあとは時間が解決してくれる。

なぜなら種は拡散しようとするからだ。

たんぽぽが綿毛を風に乗せて飛ばすように。

ミツバチたちが花粉をつけて旅をして花々を受粉させるように。

自分たちの子供を精一杯愛するように。

そう、種の拡散も「光」には込めている。