毎日に寄り添う
丹波の山々が月明かりに照らされる頃、薪火野のパン作りは始まる。石臼で挽いた小麦粉と水を混ぜ、翌朝、発酵を終えた生地を整えていく。一本一本薪をくべ、中が真っ白に煤切れしたら窯入れどき。炎という命が生地に吹き込まれ、20分もすれば焼きたてのやさしい香りで厨房がいっぱいになる。
「僕のパン作りはとてもシンプルです。捏ねて発酵させて焼きあげるだけ。種類もカンパーニュ、ブレ、ブリオッシュなど小麦主体のパンに絞っています。それは小麦を未来につなぎたいという想いが根っこにあるから」
少し照れながら、でもはっきり口にするのは薪火野の中山大輔さん。薪火野のパンはどっしりとした風貌とは裏腹に強いくせがないからしみじみおいしい。チーズやワイン、魚や
肉料理、何と合わせてもうまみが引き立ち、少しずつ食べつないでいける“糧”のような存在だ。
「飲み干したあと何も残らない水のように、食べたあと何も残らないパンがいいと思っています。その方がまた食べたくなりませんか? 余分なものを削ぎ落とすことでみなさんの日々の食卓に寄り添いたいんです」
厨房には冷蔵庫やミキサーなどの機械もほとんどない。あるのは大きな石窯、石臼、麻の型、知人作家による木製ピールや照明。選びぬかれたそのどれもが薪火野のパンを形作っている。
「自分が豊かじゃないといいパンは焼けないので、使っていて心地よい道具を選ぶし、体と心が健やかな作り方を模索してようやくここまでたどり着きました。なんせ手ごねだから思いも体温も全部伝わっちゃうんです(笑)」