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春望 三月七日 「光に向けて」

昨日仕込んだ生地を気にしつつ布団に入ったがなかなか寝付けない1時間でふと目が覚め、生地の様子を見に行く。久しぶりのパン焼きは緊張から始まった。

夜が深まるほど室温も下がっていく。暖冬と言っても丹波の冬だ。朝夜は少し湿っぽい冷たさが身に染みる。生地を寝かした木の桶を窯の側まで移動してできるだけ保温する。空調設備は粉の部屋にしかないので温める時はこういった方法を使ったりもする。原始的だ。一挙手一投足で思考の波が押し寄せる。パン生地も窯の温度も上昇する。まさに自分を追い込む。パンを焼き上げるために。

結局朝の7時まで生地の発酵を待った。季節が変わるとこうも生地の状態が変わる。終わりのない旅の中のようだ。

今回は種の調子を見るためのいわば試し焼きなのだけれども使う素材はいつもと変わらない。安くはない材料を使う。生産者への尊敬もある。失敗はできない。

生地の成形も終わり窯に火を焼べる。昨日少しだけ燃やしたとはいえ半年以上寝かしていた窯だ。温度が順調に上がってくれるか。

田村さんの薪の焼べ方を真似して常に火の勢いが途絶えないようにインターバルを少なくして薪を焼べる。室温の上がり具合と自分の身体、感覚が頼りだ。

1時間40分。窯からパンを焼けると合図が来た。今までで1番早い。このやり方はいいらしい。燃費も悪く無さそうだ。うちの窯は天井が低いからあと5分、早く準備できそうだ。

緊張しながらパンを籠から一つ一つ木製のピールに出していく。いろんなことが走馬灯のように過ぎる。

祈りと尊敬、感謝を、込めて十字を切った。

ここからまた旅は始まった。

ドキドキしながら20分後に様子を見るために窯を開けた。しっかり焼き色がつき、パンも窯伸びしている。一安心だ。あとは最後の見極めでどこまで焼き込むか。

時間の関係もあり窯出ししたパン。窯から出した後にそこまでのこのパンの物語を想像する。あのタイミングであぁしていたら、もう少し最後の発酵を長く取れたなぁ、あと5〜6分は焼き込めたなぁ、そんなことを妄想する。

こんな時に、あぁ自分はどうなってもパンを焼く星の下にあるのだなぁと思う。

さぁここからまた旅を始めよう。